播磨旅行記
ひとり旅 [414] 姫路ぶら〜り旅<姫路城観光乱写の巻?>兵庫県姫路市(by Godzilla.T&Nさん)
■姫路ぶら〜り旅
兵庫県姫路市<姫路城観光乱写の巻?>
姫路城だけで220枚ほど乱射×・・・乱写しまくり!下手な鉄砲数撃てば・・・。と言うことでアップ数も姫路城だけで5〜6ファイルになりそうです。(^−^;)
【姫路城?】
現在の姫路城は慶長6年(1601年)から8年の歳月をかけ池田輝政が建てたものですが、一番最初に姫路城を建てたのは赤松則村の二男、貞範(さだのり)です。
当時播磨国上郡で勢力を誇っていた父則村は、鎌倉幕府を倒そうとする後醍醐天皇に加勢し、千二百騎の兵を現在姫路城のある姫山に集結させ、京都に向かい大きく貢献しました。
そして、その13年後の1346年に父の意向を受け二男の貞範が姫山に山城を築きました。これが姫路城の始まりとされています。
しかし、その後、羽柴秀吉が三層の城を築くまではほとんど大きな動きはなく、姫路城は小さな山城でしかありませんでした。
【手記】
11月16日以来、1ヶ月ぶりのフルお休みです。しかも今回は日曜日もお休みで連休なのです。\(^-^)/バンザーイ!も・ひとつ\(^o^)/バンザーイ!!
想い出さがし長駆日帰りの旅、姫路城へ行ってまいりました。今回は時間がたっぷりと?(1日だけですが)ありましたので、姫路城の天守閣や曲輪はもちろんのこと、周辺施設の兵庫県立歴史博物館や姫路市立美術館、さらにはなんと姫路市立動物園(^^;)まで散策してまいりました。
姫路散策終了から珍しく寄り道もしないですぐに帰途に着きました。と言うのは、前回の雪辱戦ならぬ「広島ドリミの撮り直しを…」と思ったからで、18年目の愛車を操り230キロの道程をのんびりゆっくり駆け戻りました。
帰路途中に睡眠休憩を入れたりして、広島平和大通りに着いた時刻が午後10時45分、・・・。さあ「広島ドリミをバンバン撮るぞお」と思って気合十分であったところ、、、ドリミは夜11時で終了なんですね。知らなかったあ。結局、広島ドリミは正味10分くらいで20枚ほど撮って終了。ザンネ〜ン。
こりゃ仕方ないので、今日(12/14)は広島ドリミはパスして、折角の日曜日フル休みですから、今から!そう今から庄原へGOです、庄原の備北丘陵公園「ウインターイルミネーション2008」へ本気モードで行ってきま〜す。姫路のあと庄原へ、元気なおじさんです。
日本の旅 関西を歩く 大阪、交野ヶ原の歴史遺産・交野少将への悲恋の物語、長渕池(ながぶちいけ)跡周辺(by さすらいおじさんさん)
平安時代、交野ヶ原の郡津(こうず)に交野郡の郡司(ぐんじ)・宮道弥益(みやじいやます、びえき)の娘が失恋して天野川のよどみの「長渕池(ながぶちいけ)」に身を投げてしまったと言う悲恋の伝説が残っている。
源氏物語、帚木(ははきぎ)の巻で紫式部が光源氏よりも派手で有名なプレイボーイだとしている交野少将(かたののしょうしょう)が交野に鷹狩に来た時、交野郡司(現代の市長)の家に泊まり、その娘と一夜を契った。その夜以来娘は交野少将に心を奪われ、少将恋しさで思い悩みつつ再び逢う日を待ちわびる。だが少将は再び娘を訪ねてくることがなく、自分が片思いだということを知って絶望した姫は、「 かつきゆるうき身の沫(あわ)と成ぬとも誰かはとはん跡(あと)の白浪」と泡のようにはかなく消えてゆくわが身のむなしさと恨みを辞世の歌に残し、交野少将に渡すように頼んで身を投げたと言う。 その長渕池(ながぶちいけ)は、現在は埋め立てられ、昔の葦(あし)の茂った湿田や沼池の景観は見られない。
松塚会館前の「長渕池・ながぶちいけ」跡には交野郡の郡司(ぐんじ)の娘が交野少将に失恋して飛込んだといわれる伝説と歌を記載した記念碑が建てられているが、男女の悲恋はいつの世でも変わらない。交野少将(かたののしょうしょう)はどんな人物だったのだろうか。「交野少将物語」という「源氏物語」 に先行する恋愛小説があったが現在は原本が残っていないそうで残念だ。だが一般に在原業平(ありわら の なりひら825−880年)や「交野少将」とよばれていた藤原季縄(ふじわら すえなわ)がモデルと言われている。交野に良く訪れていた有名なプレイボーイ・在原業平が「交野少将」であったなら納得できる。「平安時代の市川海老蔵」といったところだろうか。紫式部も源氏物語の「光の君」の人物像に交野少将のイメージを重ねているのではないかと思われるが、市川海老蔵が「源氏物語」の光の君を演じているのは適役だろう。
私は「交野少将物語」は「源氏物語」創作への影響を与えたと想像している。明石(あかし)の巻で 播磨守・明石入道(あかしのにゅうどう)が都の貴人と結婚させようと田舎者の一人娘(のちの明石の御方)を、「いい縁がないのなら死んでしまえ」と厳しく諭しながら源氏に差し出した話は地方豪族の交野郡司・宮道弥益(みやじびえき)が出世を願って娘を交野少将に差し出した話と類似している。
また、「宇治十帖」・浮舟(うきふね)の巻で薫の君・匂宮との三角関係に苦しむ浮舟が宇治川に身投げしようとした段は「長渕池(ながぶちいけ)」への身投げの話がヒントになっているのではないか、などと勝手に想像してしまう。紫式部も「交野少将物語」を心を痛めながら読んだのではないだろうか。
娘に恨まれつつ死なれた交野少将がどんな気持ちだったのかわからないが、やはり責任を感じたのではないだろうか。京の都から遊びに来るイケメンの貴公子に恋をして死んでしまった交野の純情な田舎娘は哀れだ。
(写真は「長渕池・ながぶちいけ」跡にある記念碑)
平荘湖紅葉ウォーキングと永昌寺のドウダンツツジ(by ohchanさん)
紅葉真っ盛りの三連休。有名な紅葉の名所は大混雑が予想され、近場で紅葉を楽しもうと加古川の平荘湖へ。
平荘湖は東播磨工業地帯の工業用水と農業用水として昭和41年竣工の貯水池で、一周約5?のプロムナードが整備され、ウォーキングや紅葉を楽しむ人たちで賑わっています。また観察小屋もあり、冬の使者のカモなどを観察することができます。
この日は快晴に恵まれ、小春日和の中カエデやナナカマドなどの紅葉を楽しみながら、市街地に近いとは思えない静寂の世界をのんびりとウォーキング。
この後、隣接する加古川ウェルネスパークで知る人ぞ知る加古川名物「かつめし」の昼食。
お腹がいっぱいになったところで、加古川市神野の永昌寺へ。
永昌寺は約500本のドウダンツツジが境内を鮮やかに彩っています。本堂脇の座敷へ入り、中庭を眺めると、斜面を真っ赤に染める紅葉が私達を迎えてくれました。ここは訪れる人も少なく、出されたお茶とお菓子をいただきながらゆっくりとドウダンツツジの紅葉を楽しむことが出来ました。
遠征ゴルフ:作州武蔵CC播磨コース(by satoshi.s?さん)
ゴルフ仲間と岡山への遠征ゴルフに行って楽しんできました。参加者8名
一日目
⇒茨木IC⇒山陽自動車道三木SA(朝食休憩)⇒和気IC⇒備前GC(ワンラウンドゴルフ)⇒ホテル作州武蔵(夕食・宿泊)
二日目
⇒作州武蔵CC(ワンラウンドゴルフ)⇒美作IC⇒茨木IC⇒
作州武蔵CC
作州武蔵は中国自動車道/美作ICより7km丘陵コース。播磨コースはフラットでフェアウェイも広い。立木もかなり残されていて、ゆったりとしており、のびのびとプレーできる。美作コースはアップダウンもあり、豪快な打ち下ろしなどの変化に富む。8番はグリーンを池とバンカーがガード。因幡コースは変化があり、戦略的なコース。最も距離があるので、方向性とともに飛距離も必要である
支配人から一言
当コースにて、2005年第60回岡山国体ゴルフ競技(成年女子・少年女子)が開催されました。剣聖宮本武蔵の生誕地間近に、重厚で豪快な雰囲気を漂わせる27ホール。
敷地内に本格的なホテルを擁し、天然温泉でゆったりくつろいで頂けます。ゴルフ場のお風呂も温泉の湯になりました。 プレー後のお疲れを心地よい温泉の湯がやさしく癒してくれます。
桜(2007) 東京・桜の名所バスツアー(by ももらんさん)
ある日、目についた新聞のチラシに「東京桜巡り」なるものがありました。
丸一日バスに乗り、都内の桜の名所を7ヵ所ほど回るそうです。
個人で行ったらとても一日では回り切れないでしょう。。。
ということで、母と参加してみました。
訪れた先は、
「新宿御苑」「東京タワーと芝公園・増上寺」「靖国神社」「千鳥ヶ淵」
「播磨坂(車窓)」「隅田公園」「上野公園」「アークヒルズ」といったところです。
ところが・・・
ツアー当日は、開花予報が早かったわりに咲き渋り状態で。。。
場所によっては“桜の蕾”観賞になってしまいました。
桜の開花を予想するのって難しいぃぃ!
【旅行時期】2007/03/27~2007/03/27
【エリア】
新宿
【テーマ】
花見・紅葉
【投稿者】
ももらん